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言葉を越えて音楽が、笛が、ある

 

 

 横浜市青葉区には芸術振興のための青葉区民芸術祭運営委員会があり、その中に青葉区を拠点に活動している器楽団体からなる器楽部会があります。リコーダーコンソート青葉も数年前から参加しています。

 

毎年、「青葉音楽百景」というミニコミ誌を発行していて、器楽部会に所属する団体の活動などを広報しているのですが、その中の「音星人語」というコラムを、今回担当して書かせていただきました。

 

ブログなどの文章を書くことに興味を失ってしまうくらい、このところの自分の気持ちを込めました。ご一読いただければ幸いです!

 

また、リコーダーコンソート青葉のコンサートを12月7日、今週の日曜に横浜市青葉台のフィリアホールで開催します。

ぜひお出かけくださいませ!

 

以下、2025年8月発行「青葉音楽百景」より「音星人語」に掲載していただいた文章です。

 

▼「いのち短し 戀(こひ)せよ少女(をとめ) 朱き唇(くちびる) 褪()せぬ間に」。1915年発表、吉井勇作詞、中山晋平作曲、「ゴンドラの唄」の出だしである。

 ▼ヒトの唇は他の動物と違い、粘膜の一部がめくれ上がって出来ているため、毛細血管が透けて赤く見える。柔らかく薄い皮膚が多様な発音を可能にし、言葉を発達させた。

 ▼言葉だけでなく、管楽器を演奏できるのも唇のおかげである。木管楽器、金管楽器、オーボエやクラリネットなどリードのあるもの、ないもの、オカリナのように土を焼くものなど、様々な管楽器が世界各地で作られてきた。

▼わが国では、管楽器の中で一番経験者が多いのはリコーダーだろう。「たてぶえ」という名前で親しんだ世代もあるかと思うが、およそ700年前のヨーロッパに起源を持ち、「フラウト」()という名称がリコーダーを指すものであったことはあまり知られていない。音を出すのは簡単だが、美しい演奏にはやはり唇の操作が欠かせない、ということも。

▼「ゴンドラの唄」発表から110年が経ち、いのちはずいぶん長くなった。年齢と共に思慮深さを身につけ、言葉にできない思いが溜まっていく。

▼赤子がブーブーと唇を鳴らすように、唇を使って音色を操る管楽器の楽しみは、人間本来の生の喜びに通じるものがある。「口は禍(わざわい)の元」ともいう。だが言葉を越えたところに音楽が、そして、私たちには笛がある。